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1.「くるみ割り人形」の概要

ドイツの作家、E.T.A.ホフマンの童話 「くるみ割り人形とねずみの王様」 をもとに作られたファンタジー作品。


「眠れる森の美女(1890年1月初演)」の評判に手応えを感じたマリインスキー劇場の総裁フセヴォロジスキーは、同年2月、マリウス プティパとチャイコフスキーの共作による新作バレエを企画する。発注にあたっては、原作をアレクサンドル ディマがフランス語に訳した「くるみ割り人形物語」が、筋立ての題材として採用された。

プティパは、ディマのお伽噺の中に、フランス革命の史実を盛り込んだ壮大なテーマを考えていた。しかし、保守的なフセヴォロジスキー総裁はこれを認めず、プティパの草案は大幅な訂正を強いられる。こうして、書き直されたオリジナル本が完成したのは、上演予定日を過ぎた1891年3月のことであった。プティパ、当時70歳。

台本を手にしたころのチャイコフスキーは、多忙を極めていた。フセヴォロジスキーやプティパと十分な打ち合わせを果たせぬまま、1891年5月に行われるカーネギー ホールのこけら落としのため渡米しなければならなかったのである。

チャイコフスキーの手元には、プティパからの細に入った発注指示書が届いていた。しかし、愛する妹を失ったばかりのチャイコフスキーは、このお伽噺の中に、幼い兄妹の思い出を織り交ぜることを優先する。彼にとって本作品は、可愛い妹への追悼曲でもあったのだ。チャイコフスキー、当時50歳。

結果的に台本だけではなく、総譜までもがプティパの意思を十分に反映されないものとなった。プティパは、当初担当する予定だった振付を、病を理由に辞退する。以降、この仕事は弟子のデフ イワノフに引き継がれることとなる。イワノフは、台本と楽曲の乖離に苦しみながらも、本作品の完成に尽力する。

1892年12月18日、「くるみ割り人形」は、チャイコフスキー作曲のオペラ「イオランタ」とともに、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場にて初公演を迎える。翌年11月、チャイコフスキーは病のために急死。本作品は、彼の大作曲家が残した最後のバレエ組曲となる。


ロイヤル バレエによる「くるみ割り人形 第1幕 1場」

マッツ エック「眠れる森の美女」

スウェーデンを代表する振付家マッツ エック。古典バレエを独自に解釈した斬新的な作品を数多く残し、30年以上にわたってモダンバレエの先駆者として活躍をしてきました。 マッツ エック版に登場するオーロラは、反抗期真っ只中。「 […]